~失われた20年を、再び設計図に描くまで~
岡田理恵が社会に飛び込んだのは18歳。就職先は、日本を代表する総合住宅メーカー・大和ハウス工業。バブル景気の熱狂まっただ中、住宅需要が沸き立つ現場で、彼女は設計事務の最前線を、ほぼ一人で支えていた。
だが現実は厳しい。受付、お茶くみ、コピー、雑務――部署という概念を超えて、頼まれるまま手を動かす毎日。「女の子だから」「若いから」そんな言葉が当然のように飛び交う時代だった。
将来に向き合っていたからこそ、彼女には見えてしまった。ここに留まる未来が、自分の人生を仕事のやりがいから遠ざけてしまうことを。入社から5年。彼女は尊敬する上司から強く引き止められながらも、退社を決断する。向かった先は 中央工学校——数多くの建築士を輩出してきた、日本随一の建築専門学校。
そこで彼女は、努力と才能の両方を持つ仲間と出会う。課題に追われ、製図板に向かう日々。眠れぬ夜。それでも、未来が線として描けることが嬉しかった。建築は、人の暮らしの形をつくる仕事。その思想が、彼女の芯となっていった。
やがて 二級建築士となった理恵は、いくつかの小さな会社を渡り歩き、そして結婚。その後、およそ20年もの間、建築の現場から離れることになる。家庭、そして介護。人生は設計図通りにはいかない——それが彼女の人生の第2幕だった。
■ 運命の再接続
ゆうりFPが法人化された頃、彼女は母の介護の役目を終え、地元の不動産会社で事務のパートとして働き始める。
ところが、運命は再び動き出す。仕事ぶりを見た周囲から次々と設計関連の依頼が舞い込みはじめたのだ。しかし、建築業界は20年前とは様子が違う。法律も申請様式もすべて変わっていた。
困り果てた彼女は、昔の同僚へ電話する。ところが返ってきたのは予想外の言葉だった。
「省エネ法が始まって現場が困ってる。下請けとして申請業務、やってくれないか?」
その同僚は、知らぬ間に会社の地域統括候補となるほどの立場になっていた。そして最後に、冗談とも本気ともつかない一言を付け加える。
「まあ、使えないと思ったらすぐ切るけどね。」
普通なら怯むだろう。しかし、彼女の意思は揺るがなかった。
「私は、もう一度この道で生きる」
その決意と、ゆうりFPの法人化の流れが重なり、ゆうりFP二級建築士事務所が誕生する。
■ 半年かかった「最初の1件」
制度自体が五里霧中の創設期。最初の省エネ申請に要した時間は、なんと半年。あきらめる理由はいくらでもあった。それでも積み上げ続けた。
すると評価は少しずつ形になり、やがて全国の支店から依頼が舞い込むようになる。10年後には、年間250件超の申請を行うまでに成長した。
彼女が守り続けていることは、たった三つ。
納期に遅れないこと
現場の事情に融通を利かせること
審査側が迷わない「見やすい書類」を作ること
だが本質はどれでもない。彼女の心の奥底にある思想は、もっと鋭く、もっと昭和的である。
「たった一度のミスが信頼を失う」
幼少期から自営業の父の手伝いをし、昭和の高度成長期を、10代の目で見てきた彼女が学んだ真理。企業は、信頼を失った瞬間に終わる。だからこそ、信頼は命より重い。
そして、その価値観こそが、ゆうりFPが「ただのFP会社」では終わらない理由である。

見やすく丁寧に設計いたします。難しい申請に対応いたします。
おかげさまで、省エネ申請の実績が1,750件を超えました。
BELS申請も350件を超えました。
2024年度 省エネ届 114件 BELS申請165件 東京ゼロエミッション1件
★「建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律」の届出書 (作成及び提出、訂正等決済完了までの作業)
過去実績 (300㎡以上の共同住宅及び複合建築物 等)
2015年 27件、2016年 163件、2017年 199件、2018年 230件
2019年 165件、2020年 160件、2021年 116件、2022年 180件
2023年 242件、2024年 280件
BELS(ZEH)申請 2022年まで 122 件、 2023年 73件
東京ゼロエミ 2023年 2件
農地法第4、5条の規定による許可申請(農地転用)
開発行為許可申請
建築確認申請
現在の主なエリア
千葉県 神奈川県 東京都 埼玉県
※建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律(建築物省エネ法)により、
原則としてすべての新築住宅・非住宅建築物について、省エネ基準への適合が義務付けられています。
建築確認申請時に、省エネ基準への適合性についての確認が必要となります。
建築における新制度・法改正に伴う申請や、初期段階での対応に関するご相談も承っております。
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※保険のご相談はお電話のみで受け付けております。
